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東京地方裁判所 平成7年(ワ)13077号 判決

原告

豊田典子

右訴訟代理人弁護士

小木和男

神田高

被告

ロイター・ジャパン株式会社

右代表者代表取締役

フランク・ボーモント

右訴訟代理人弁護士

角山一俊

永井和明

右訴訟復代理人弁護士

古田啓昌

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、原告が被告において期限の定めのない労働契約上の労働者の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金二七五万四〇〇〇円及びこれに対する一九九五年六月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員並びに一九九五年七月から毎月二五日限り、金四五万九〇〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、主位的に、被告と期限の定めのない労働契約を締結したから、被告のした雇用関係を終了する旨の通知は解雇に該当するとして、その効力を争い、予備的に、被告との労働契約が期限付きの契約であったとしても、更新拒絶は信義則上許されないとして、労働契約上の地位を有することの確認を求める事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者

被告は、国際的な通信社であるロイター通信社の日本における会社であり、報道情報通信を業務としている。

また、被告の編集局日本語サービス編集部には、トレジャリー・レポーティング・セクション(為替、金利、債券に関する記事を担当する部門)、エクイティ・レポーティング・セクション(株式に関する記事を担当する部門)、ワールド・ニュース・セクション、マルチメディア・デスク、デリバティブレポーティング・セクション及びプロダクション・デスクがある(ただし、プロダクション・デスクが設置されたのは平成六年三月下旬である。)。そのうち、ワールド・ニュース・セクションは、被告のイギリスの親会社であるロイター通信社から全世界に向けて英語で配信される記事をリアルタイムで日本語に翻訳して日本語サービス顧客向けの記事にする業務を行う部門であり、この日本語翻訳記事が作成され、実際に顧客に配信されるまでの過程は、ワールド・ニュース・セクション内部での翻訳原稿作成とプロダクション・デスクにおける翻訳原稿校正とに分けられる(ただし、プロダクション・デスクの設置以前は、ワールド・ニュース・セクションにおいて、コピーテイスターがその業務を行っていた。)。

ところで、被告は、平成六年春から、ロイターファースト(日本語による株式情報サービス)という新規サービスの開始を計画し、編集局日本語サービス編集部では、この新規サービスに備えて社員を採用するために、平成八(ママ)年五月二二日付け日本経済新聞朝刊(〈証拠略〉)等に社員の募集広告を掲載した。

原告は、右社員の募集広告を見て応募し、筆記試験及び二度の面接を経て、同年一一月三〇日、採用を決定され、平成六年一月一日付けで編集部に属するトランスレーター(翻訳担当記者)として被告に入社した(以下「本件雇用契約」という。)。

2  通知書(〈証拠略〉)

原告は、平成五年一二月三日、被告が同年一一月三〇日付けで作成した通知書に署名した。

右通知書には、本件雇用契約は、平成六年一月一日から同年一二月三一日までの期間を一年とするものであること、基本給総額は月額四五万九〇〇〇円であること、通勤手当は一か月五万円を上限として支給されるが、正社員に適用される賞与やその他の手当は支給されないこと及びこの雇用契約の申込みに承諾する場合は、署名の上返送するよう記載されていた。

3  賃金

原告の月例賃金は四五万九〇〇〇円で、毎月二五日限り被告から原告に対して支給される。

4  雇用関係終了の通知

被告は、原告に対し、平成六年一一月二一日付け確認書(〈証拠略〉)で、期間一年の雇用契約は同年一二月三一日をもって終了することを確認する旨通知した。

二  争点

1  本件雇用契約は期限の定めのない雇用契約かどうか

(一) 原告の主張

原告は、正社員の募集広告を見て被告に応募し、筆記及び面接を内容とする採用試験を経て、平成五年一一月三〇日に採用内定の連絡を受けたところ、その際、被告の編集総務部所属の宗田節子(以下「宗田」という。)から、「形式上一年契約の社員として採用するが、原告の地位は半永久的なものであり、一年後には契約更新か正社員になります。」と説明され、これに同意して被告に入社したのであり、通知書の記載は形式的なものにすぎず、原告と被告との間で、一年後には本件雇用契約を更新するか若しくは正社員とする合意が成立し、もって期限の定めのない雇用契約を締結したものというべきである。

したがって、被告のした本件雇用契約終(ママ)了することを確認する旨の通知は、解雇の意思表示と解せられるところ、右解雇には何ら合理的な理由はないから、解雇権の濫用に該当し、無効である。

(二) 被告の主張

原告の主張のうち、被告が正社員の募集広告を新聞紙上に掲載したこと、原告に面接試験を実施した上、採用を決定し、平成五年一一月下旬に宗田が原告に採用決定の連絡をしたことは認め、その際の宗田の発言内容は否認し、その余の原告の主張は争う。

原告は、被告の編集局長トーマス・トムソン(以下「トムソン編集局長」という。)から、最終面接の際、雇用期間を一年とする期限付きの契約社員としての採用の可能性、その場合、期限満了時の再契約締結の可能性については採用時点では全く白紙である旨説明された上、通知書に署名したのであり、本件雇用契約が期限付きの雇用契約であることを十分認識していたというべきであり、本件雇用契約は、形式的にも実質的にも期限付きの雇用契約であるから、期限(ママ)の満了とともに終了した。

2  仮に本件雇用契約が期限付きの雇用契約であるとした場合、更新拒絶は信義則上許されないものであるかどうか

(一) 原告の主張

前記1(一)記載の原告に対する採用を決定した旨の連絡の際の宗田の発言、入社後は、同期に入社した正社員(被告と期限の定めのない雇用契約を締結した者)と同一の研修を受け、同一の業務に従事してきたこと、また、被告において形式上契約社員(被告と期限(ママ)を一年とする期限付きの雇用契約を締結した者)として採用された者は、一年後、原告を除き全員が正社員として被告に採用されていることなどの事情に照らせば、原告には本件雇用契約の更新を期待する合理的な理由があったというべきであり、このような場合、何ら正当な理由もなく、被告が契約の更新を拒絶することは信義則上許されない。

また、後記に被告が主張する原告の能力及び勤務態度に関する事実については否認する。

原告は、被告に入社する以前に金融・経済関連の翻訳業務に携わってきた経験もあって、金融・経済の知識は身に付けていたし、パソコンを使用して業務を行ってきたこともある。原告の翻訳に誤りがあったことは事実であるが、それはトランスレーターの誰にでもあることで、原告が特に英語の能力が正社員に比べて劣っていたわけではないし、指導を受けた場合には、質問をすることはあっても、指導には素直に従っていた。

(二) 被告の主張

原告の主張の宗田の発言、契約社員は原告を除き全員正社員として被告に採用されていること、原告が正社員と同一の業務に従事していたことのいずれの事実も否認し、原告のその余の主張は争う。

被告において、契約社員の全員が正社員として被告に採用されてきたわけではない。

前記一(ママ)(二)記載のとおりの事情で、原告は、本件雇用契約が期限付きの雇用契約で、かつ、期間満了時の地位の保証はないことを十分認識していたというべきであるから、本件雇用契約の更新について期待を抱く合理的理由など全くなかった。

なお、仮に、本件雇用契約が期間内における原告の勤務態度等を見て、期間満了時に雇用を継続するかどうかを決定するといういわば解約権留保付雇用契約に類似するものであったとしても、原告は、被告における業務上必要とされる株式市場や経済全般に関する知識が乏しく、パソコンの操作にも習熟していなかったこと、翻訳の速度が遅い上に誤りが多く、しかも誤りを指摘されて指導を受けても反省したり、それを自分の糧にしようとする姿勢がないなど、その能力及び勤務態度に重大な問題があったので、被告は、本件雇用契約を更新しないことを決定したのであって、正当な理由がある。

第三当裁判所の判断

一  本件雇用契約は期限(ママ)の定めのない雇用契約かどうか

1  後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右証拠中、これに反する部分は、信用できず、採用しない。

(一) 被告編集局日本語サービス編集部では、ロイターファースト・サービスの開始に備えて、平成六年一月をめどに、トランスレーター(翻訳記(ママ)者)七名程度、レポーター(証券担当記者)一〇名程度を新規に採用する必要があるとの見込みを立てた。そこで、被告は、平成八(ママ)年五月二二日付け(〈証拠略〉)、同月二九日付けの日本経済新聞及び同月三一日付けの日経金融新聞に募集広告を掲載した。右募集広告(〈証拠略〉)には、募集するのが契約社員か正社員かは記載されていないが、被告の日本語サービス編集部としては、原則として正社員だけを採用する予定だったため、募集広告の「待遇」の欄に記載された内容は正社員に関するものであった。

右新聞の募集広告には、最終的にトランスレーター、レポーター併せて約一四〇名の応募があり、そのうちトランスレーターの採用に関しては、書類選考を行い、その後平成五年一〇月四日から七日までの各希望者の都合の良い日に、筆記試験を順次行い、その結果を踏まえ約二〇名の候補者を絞り込み、続いて同月一八日から二二日にかけて、日本語編集部門の責任者である柿崎紀男(以下「柿崎」という。)とコピーテイスターとしてトランスレーターの指導・監督責任者になる編集局エディター・イン・チャージの関佐喜子(以下「関」という。)が第一次面接を行った。さらに、同月下旬、トムソン編集局長と柿崎が、第一次面接を経て残った一二名程度に対し、最終面接を行った。(〈証拠略〉)

(二) 原告は、昭和六〇年三月に大学を卒業して中学校の美術講師として二年間勤務した後、主として独習で英語の研鑚に努め、平成元年三月、派遣社員として、株式会社三井銀総(ママ)合研究所編集出版部において顧客向け経営雑誌等の英文和訳の業務に従事したのを初めとし、それ以後も主に派遣社員として、株式会社日経国際ニュースセンター、株式会社三和銀行国際部、明和証券株式会社国際部において、金融、経済関係の情報の和文英訳、英文和訳業務に従事してきたもので、平成五年五月に実施されたTOEICテスト(財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会が実施している英語コミュニケーション能力を判定するもの)の得点は九二〇点であり上位一パーセント以内の成績であった(〈証拠略〉及び原告本人尋問の結果)。

原告は、中学校教諭として勤務していた当時から英語力を活かした仕事をしたいと考えていたことから、被告の募集広告(〈証拠略〉)を見て、これに応募することにし、平成五年一〇月五日に筆記試験、同月一九日に第一次面接、同月二六日に最終面接をそれぞれ受験した。その結果、原告は、平成五年一一月三〇日、トムソン編集局長の秘書と述べる宗田から電話で雇用期間を一年とする契約社員として被告に採用される旨の連絡を受けた。実際に宗田は、編集部においてトムソン編集局長のアシスタントとして、編集局長の会議、夕食その他のアレンジ及びジャーナリスト等の旅行の手配など編集部内の雑務一般を担当していた(〈証拠・人証略〉及び原告本人尋問の結果)。

その後原告は、平成五年一二月二日、被告から速達で送付された同年一一月三〇日付けの通知書(〈証拠略〉)を受領し、同年一二月三日付けでこれに署名して被告に返送した(争いのない事実)。

(三) 被告は、この平成五年の募集で、最終的に原告を含めて七名のトランスレーターを採用したが、そのうち、契約書に該当する前記通知書に雇用期間を一年とすることが記載されていたのは原告のみであり、他の六名は、被告との間で期限(ママ)の定めの記載のない通知書をもって雇用契約を締結している。なお、原(ママ)告は、この平成五年の募集で合計二〇名の社員を採用しているが、契約社員として採用したのは、原告を除けば、レポーターとして採用された宮崎大一名であった(〈証拠・人証略〉及び原告本人尋問の結果)。

被告が、原告とその他のトランスレーターとで通知書の記載を異にしたのは、試験結果によるものであった。すなわち、第一次面接の際、原告の印象が暗く、面接担当者との会話も円滑に進行しないなどの面があり、柿崎としては、入社後職場における意思疎通に問題が生じるのではないかとの危惧を抱いたものの、七名のトランスレーターを確保しなければならないとの判断で、原告を最終面接に残すことにしたが、最終面接におけるトムソン編集局長の印象も柿崎と同様であり、原告の採用に極めて消極的であったので、最終面接が全て終了した時点で、トムソン編集局長と柿崎は、妥協案として、原告を期限付きの契約社員として採用し、一年後に契約を延長するか、正社員にするか、契約を打ち切るかを決定するという結論に至ったからであった(〈証拠・人証略〉)。

(四) 原告は、平成六年一月に被告に入社後、ワールド・ニュース・セクションに配属され、同時期に入社した他の六名のトランスレーターと同様の、社内オリエンテーションを受け、ワープロ、モニターなどの機器の扱い及び記事の書き方などについて研修を受け、実際にワールド・ニュース・セクションの席について記事を翻訳して指導を受けるオン・ザ・ジョブ・トレーニングも同時期に入社した者とともに受けている。

その後、ロイターファースト・サービスの開始に備えて正式には同年五月からシフト勤務が開始された(なお、実習的な意味では同年三月ころからシフト勤務は開始されていた。)。シフト勤務とは、ロイターファースト・サービスが提供する情報の多くが世界の株式市場に関するもので、それらの市場が開いている時間が時差の関係で日本においては異なってくるため、これを〈1〉午前七時から午後三時まで勤務のスポットニュース及びシンガポール市場の寄り付き担当、〈2〉午前一〇時三〇分から午後六時三〇分まで勤務の香港市場担当、〈3〉午前一一時から午後七時まで勤務のシンガポール市場担当、〈4〉午前一一時三〇分から午後七時三〇分まで勤務のマレーシア市場担当、〈5〉正午から午後八時まで勤務のロンドン、パリ及びフランクフルト市場担当の五つのグループに分け、原則として一週間交代で、それぞれのトランスレーターが五つの担当を順次回るというものである。

原告は、当初、他のトランスレーターと同様のシフト勤務についていたが、平成六年六月二七日に行われた被告による人事評価の中間パフォーマンス・レビューの後の同年七月から、最もマーケットリポートの頻度が高く、重要性の高い香港番シフトから外された。

なお、原告は、中間パフォーマンス・レビューの結果について、柿崎から、原告の評価はほかの人よりも厳しいものになると説明されたほか、その際、なぜ自分だけ長期の目標を持たせてくれないのかと柿崎に質問し、柿崎から、原告は一年契約なので、長期の目標を持たせることはできない、自分たちは、本件雇用契約の期間満了後、原告との契約をどうするかについて秋までに判断しなければならない旨の回答を受けたが、特に異議を述べることはなかった。(〈証拠・人証略〉並びに原告本人尋問の結果)

(五) その後、被告は、原告に対し、平成六年一一月二一日付け確認書(〈証拠略〉)で、期間一年の雇用契約は同年一二月三一日をもって終了することを確認する旨通知した。

なお、被告においては、ほとんどが正社員であり、契約社員は、平成五年四月に一名、平成六年一月に原告を含めて二名、平成七年一名と極めて少なく(なお、被告には契約社員以外に、特殊な事情によって、嘱託社員、さらに短期の有期契約社員が在籍していたこともあるが、数はわずかである。)、就業規則(〈証拠略〉)には契約社員に関する規定はない。また、原告を除く三名は一年の期間満了後正社員として採用されているところ、そのうち、一名は前記のレポーター宮崎大である(〈証拠・人証略〉並びに原告本人尋問の結果)。

2  ところで、期限付きの雇用契約書に該当する通知書(〈証拠略〉)が作成されていることは当事者間に争いはないところ、原告は、通知書は、形式的なものにすぎず、実際は期間の定めのない雇用契約であると主張し、原告に対する宗田による採用内定の連絡の際の発言をその根拠の一つとし、被告は、これを否定するとともに、トムソン編集局長による最終面接の際に契約社員として採用する可能性もあること、その場合期間満了時の再契約決定については、採用時点では白紙であることを説明した旨主張するので、まず、この点について検討する。

柿崎の陳述書(〈証拠略〉)には、トムソン編集局長が被告主張のような説明をした旨の記載があり、(人証略)も同趣旨の証言をする。

しかし、前記のとおり、被告において契約社員の採用例は極めて少なく、平成五年の募集にしても、原則として正社員の採用を予定していたこと、必要があれば、正社員以外の採用も行う可能性があることについて、事前に柿崎とトムソン編集局長は話し合ったこともないこと(〈人証略〉の証言)からすると、およそ契約社員の採用を予定していたとは考えにくいにもかかわらず、トムソン編集局長が面接の際、全ての受験者に対し、契約社員としての採用の可能性もあることを説明していたというのは疑わしい。また、原告に関しても、前記のとおり、最終面接を行った結果、トムソン編集局長としては、その採用に極めて消極的であったが、最終面接が全て終了した後に柿崎と検討を重ねて最終的に原告の採用を決定したことからすれば、そもそも採用の可能性の低い原告の面接中に契約社員としての採用の可能性を説明していたというのも不自然であり、この点に関する右柿崎の陳述書及び(人証略)の証言は直ちに信用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠もない上、原告もその本人尋問において、最終面接で被告主張のような説明はなかった旨供述していることからも、被告の主張は採用できない。

一方、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は平成五年一一月三〇日に宗田から雇用期間を一年とする契約社員として採用する旨の連絡を受けて、自分が正社員としての採用でないことを知り、期間満了後どうなるのかと質問したこと、それに対し、宗田は、契約の更新や正社員としての採用の可能性があることを説明したことが認められる。この点に関して、(人証略)は、自分は原告が契約社員であることを知らず、そのようなことを説明したことはない旨証言するが、原告が電話を聞きながら作成したメモ(〈証拠略〉)には特段信用性を疑わせるような事情もないことや、(人証略)が採用予定者に電話連絡をする際使用したと証言するリストの記載内容を裏付ける証拠もないことからすると、(人証略)のこの点に関する証言は直ちに信用することができない。しかし、メモ(〈証拠略〉)の記載には、契約の更新、あるいは正社員としての採用について、「けいきがかいふくしていれば」との条件が記載されていること(なお、原告は、景気の回復という条件は正社員としての採用についてのみであるかのような主張をするが、原告は、その本人尋問において、宗田が確定的に右のように述べたわけではなく、原告がそのように解釈した旨供述していることからして、原告の右主張は採用できない。)からすれば、宗田の右発言は、期間満了その原告の契約更新や正社員への採用を確定的に約束したものといえないことは明らかである。もっとも、右メモには「半えいきゅう」という記載もあるが、原告がその本人尋問において、正社員に関して「永久的」という表現を用いていることに照らすと、原告は、むしろ契約社員と正社員が異なることを十分認識していたことが窺え、右の記載も原告の主張の根拠とすることはできない。また、前記のとおり、宗田はトムソン編集局長のアシスタントにすぎず(なお、原告も宗田について、トムソン編集局長の秘書であるとの認識を持っていたことは前記のとおりである。)、人事に関する権限はないことなどからすれば、右発言は単に自らの意見として一つの可能性を示唆したものにすぎないというべきであり、宗田の発言を期限の定めのない雇用契約締結の根拠とすることはできない。

また、前記の新聞に掲載された募集広告(〈証拠略〉)によれば、それが正社員の募集であることは否定できないし、被告としても原則として正社員の採用を予定していたことは前記のとおりである。しかし、雇用契約は、使用者と労働者の間で個別的に締結されるものであり、新聞の募集広告はそれ自体契約の申込みということはできないのであって、新聞の募集広告も期間の定めのない雇用契約締結の根拠とはならない。むしろ、正社員の採用を予定し、原告を含めて七名のトランスレーターを採用した被告が、六名については正社員としての雇用契約書(通知書)を作成し、一人原告との間でのみ期限付きの雇用契約書(通知書)を作成したこと、そもそも被告においては、正社員がほとんどで契約社員の例は極めて少ないことなどに照らせば、被告にとって、契約社員として原告を採用するのは異例のことであったというべきで、したがって、通知書(〈証拠略〉)の期間の定めを形式的なものとする認識は全くなく、文字通り期限付きの雇用契約を締結する意思で、右通知書を作成したものということができる。そして、原告においても、宗田の発言から期間満了後も契約の更新や正社員への採用があるとしても無条件ではないことを認識し、その上で前記のとおり、通知書に署名していること、さらに前記のとおり、柿崎から中間パフォーマンス・レビューの結果の説明を受ける際、原告の雇用期間が一年である旨説明されて異議を述べていないことなどに照らせば、原告としても自分が期限付きの契約社員であることを認識していたというべきである。

3  右によれば、本件雇用契約は、期限付きの契約というほかなく、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もないから、原告の主張は採用できない。

4  なお、原告は、他の六名のトランスレーターと異なり、原告のみが雇用(ママ)契約社員として採用されたのは、原告が中学校の美術講師を退職後、派遣労働等を二年未満の期間ごとに転々としてきたことを理由とするものであって、通知書(〈証拠略〉)の記載は、派遣労働者であることを理由として原告を差別する意図でなされたものであるから、労働基準法三条、憲法一四条一項に反し無効である旨主張し、その根拠として、最終面接において、トムソン編集局長が原告に対し、原告の過去の経歴を問題として「こんなに変わっていたら辞められるかもしれない。」と述べたこと(原告本人尋問の結果)を掲げる。

しかし、まず、被告は、正社員の採用を予定していたのであるから、トムソン編集局長としても、採用者に長期間の勤務を希望していたのであり、右のような懸念を抱くことも、やむをえない面があったといえるものの、そのこと故に原告を契約社員として採用したことを認めるに足りる証拠は一切ない。確かに、(人証略)の証言によれば、正社員としての採否の基準にあいまいな面がなかったとはいえないこともないが、少なくとも面接時の原告の対応が問題になったことで、受験者中原告の評価が良くなかったことは前認定のとおりで、これを覆すに足りる証拠もない上、使用者に許される採用の自由を併せて考慮すれば、原告の主張は採用できない。

二  本件雇用契約の更新拒絶あるいは期間満了後正社員として採用しないことは信義則上許されないか

1  期限付き雇用契約の更新拒絶等が信義則上許されないのは、当該雇用契約について、労働者に契約更新を期待する合理的理由がある場合であることは確立した判例であり、当該労働者の期待が合理的かどうかは、当該雇用契約時の状況、就業実態や待遇、契約更新の手続等の事情を総合的に考慮して決すべきものと解せられるところであるので、以下この点について検討する。

原告が、その主張の根拠の一つとする前記宗田の発言であるが、その発言が契約更新あるいは正社員への採用の可能性もあるという程度の趣旨に止まることは前記認定のとおりであり、右発言から原告が何らかの期待を抱いたとしても、それは主観的なものにすぎないというほかなく、右期待に合理的理由があるということはできない。しかも、本件雇用契約締結のころ、入社した他のトランスレーターの六名全員が原告とは異なり正社員として雇用されたのは前記のとおりである。そして、契約社員の待遇は、賞与や通勤手当を除く諸手当がないなど正社員と明確に異なっており、雇用期間はもとより、こうした待遇面の差異について、雇用契約書の記載から明白であること(〈証拠略〉)のほか、正社員については就業規則によって試用期間三か月とされているところ、契約社員には試用期間に関する就業規則の適用がない(〈証拠・人証略〉)。もっとも、給与については、被告においては、それまでのキャリア等を勘案して決定されるため、社員間で差異はあるものの、それは正社員か契約社員かによって決定されるわけではない(〈人証略〉)し、原告の入社後は、研修及び香港番シフトを外されるまでは、正社員と同様の業務に従事していたことは前記のとおりである。しかし、前記のとおり、柿崎が原告に対して、契約社員であるから長期の目標は与えられない旨の発言をしていることからすれば、正社員と契約社員とで扱いを異にしていたというべきであるし、すでに述べたように、被告においては、正社員としての採用がほとんどであって、契約社員としての採用例は極めて少なく異例ともいえること、原告を除く三名の契約社員が後に正社員に採用されているといっても、そのうちの一名は、原告の雇用契約期間満了後に採用された石井奈都子(旧姓松本)であること(〈証拠・人証略〉)、前記のとおり宮崎大はレポーターで、トランスレーターではないので、原告の場合と同様に考えうるかは疑問であること、これら契約社員が正社員として採用される際には新たに期限の定めのない雇用契約を内容とする契約書を作成していること(〈証拠略〉)などからすると、他の契約社員が正社員に採用されたことから直ちに契約更新についての期待に合理的理由があったというのは困難である。

2  なお、前記のとおり、本件雇用契約締結の際、柿崎とトムソン編集局長が、原告の勤務成績によっては契約更新、あるいは正社員としての採用の可能性も考慮していたこと、(人証略)が本件雇用契約について試用期間に似たようなものと証言していることから、本件雇用契約が解約権留保付雇用契約類似の契約とみられる余地があるかどうか問題がないわけではない。

しかし、前記のとおり、中間パフォーマンス・レビューの結果説明の際、柿崎は、原告の雇用期間が一年であることを前提としていたこと、本件雇用契約締結時、契約社員、あるいは正社員としての採用の可能性をも考慮していたとしても、その時点では期間満了後については白紙状態であると認識していたこと(〈人証略〉)、前記のとおり正社員には就業規則上三か月の試用期間が定められているが、右は契約社員には適用されず、柿崎もそれを認識していたことからすれば、(人証略)の右証言は、原告を採用して様子を見るといっても、正社員のように、すでに採用した社員の勤務態度に問題があれば、本採用を見合わせるというのとは著しく異なり、勤務態度によっては、正社員として採用することもありうるという程度の認識に基づくものと推認することができる。本件は、この点について原告が言及する神戸弘陵学園事件(最判平成二年六月五日民集四四巻四号六六八頁)とは事案を異にするといわなければならない。すなわち、右は、使用者が、新設の高等学校で一時に大量の教諭を採用しなければならない事情の下で、教諭として長い経験を有する少数の教諭を除いて、大多数の教諭と期限付き雇用契約を締結したという事案である(裁判所に顕著な事実)ところ、右事情の下では、使用者は、期限付き雇用契約を締結した教諭であっても、そのうちの多数の者の雇用継続を当然に予定していたものと推測することができる一方、本件では、そのような事情は窺えず、勤務態度が良ければ、正社員として採用するというのはあくまでも契約終了、契約更新、正社員としての採用という三つの選択肢の一つにすぎなかったものというべきであり、そうだとすれば、本件雇用契約は、解約権留保付雇用契約類似と見ることができる程度にまで正社員としての採用の期待を原告に抱かせるものではなかったといわざるをえない。

3  したがって、本件雇用契約は、契約更新等に対する期待に合理的理由があるものと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は採用できない。

三  以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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